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プロフィール

記録作成等の措置を講ずべき無形文化財保持者の長岡瞽女小林ハル氏に師事。

小林ハルの伝えた3種類の節回しで祭文松坂をうたいわけることのできる唯一の唄い手であるなど、広範な演目を伝承。

師のすすめにより高田瞽女杉本シズ氏を通して高田系瞽女唄も習得し、
長岡・高田両系統のごぜ唄を直接伝授を受けた唯一の伝承者として多数公演。

現代の解釈や晴眼者の感覚で手を加える事をせず、
「まさしく本物の瞽女唄の発声」
「飾らない荒々しさと剛直な唄いぶり、最も瞽女唄らしい瞽女唄」
「かつての瞽女の芸を風土や精神性と共に再現できる唯一の歌い手」など高い評価を得る。

その公演は、
「鳥肌がたち繰り返し震えを感じる」
「圧倒的な迫力と存在感」と評され、深い感動を呼んでいる。

教職経験をいかし、新潟市内の保育園で園児と唄う活動にも取り組むなど、ごぜ唄をめぐる環境づくりやごぜうた教室での後進の育成にもつとめている。

新潟市民藝術文化会館「りゅーとぴあ」こけら落とし公演ユーラシアオデッセイ」にてユーラシア各地のアーティストと競演
 NHK 「新日本紀行ふたたび」
 NHK オーディオドラマ 「女歌 夢の道行」(石川さゆり主演) の制作に参加
 石川さゆり主演舞台 「夢売り瞽女」 (大阪・名古屋) ごぜ唄指導・三味線協力
 「民謡魂 ジャパニーズソウル」 などメディア出演多数


 毎日新聞 2006年 「明日を担うー後継ぎの現状」 など、新聞、雑誌などにもその活動や文章がたびたび紹介されている


津軽三味線グループ「どってん」主宰
源流を同じくする二つの芸を演じ分ける。

 

プロフィール

 

伝承活動に際し心がけていること

 

伝承活動に際し心がけていること

・・・「瞽女」ではない自分がうたわせていただく心構えとして、
絶対にやらないと決めていることまたしてはならないと教わったことがあります。

掟、年季、身なり、慣わしなどについて、
瞽女のまねをしてはならない、
瞽女であるかのようにふるまってはならないということです。
「瞽女の誇り」を侵してはならないと言い換えるとわかりやすいでしょうか。

形だけまねをして瞽女らしさを演出すること・・・
それは瞽女として生きざるを得ず苦労を重ねた師匠をはじめとするごぜさんたちに対して非礼になるのだと、
稽古の日々の中で具体的な事柄を通して何度も教えられました。

 

Q.瞽女唄と津軽三味線、どちらを先に始めたのですか?

A.津軽三味線です。

教室を始めて十年程たったころから、津軽三味線というジャンルがどんどん洗練された派手な都会的なものになってゆくことにジレンマを感じていました。
練習すればするほど、自分がこの芸に感じていた一番の魅力・・・・
土くささや生活のにおい、精神性に裏付けられた圧倒的な存在感・・・・
そうしたものが失われていく気がしたのです。

そんな時に小林ハルさんの瞽女唄と出会いました。
ふるさとのにおい、初めて聞くのになぜか感じるなつかしさ・・・・。
手っ取り早い効果を求めがちな今の時代や、「芸術」という言葉に汚されていないものが
ここにあった!
そう思いました。

瞽女唄と出会い、私の津軽三味線も変わりました。より高度な完璧なものをめざすことから、人を癒すことのできるゆったりとした心地よさへ。それが私のめざす音楽です。

 

Q.瞽女唄と津軽三味線、どちらを先に始めたのですか?  A.津軽三味線です。

 

小倉英樹さんの絵をご紹介します

 

小倉英樹さんの絵をご紹介します

小倉さんは眼の病気を患っておられ、わずかな視力でこの絵を描いてくださいました。

以下は添えられていた文の一部です。

「私と同じ世界の人たちだ・・・」実在した瞽女さん達のことを見にくい眼で本を調べているうち萱森さんの瞽女唄にたどりついた次第です。
音楽について明るくないため気の利いた感想も出てこないのですが、
見にくい目で昔を思い出して絵を描きまして感想の代わりなんですどうぞ・・・
多くの瞽女さんの中には「私も眼が欲しい・・・」と。
思って雪の中に消えていった方もいたことでしょう。
今萱森さんという眼を得て喜んでいることでしょう。
今後も瞽女唄という灯が消えませぬよう。


このようなお便りをいただくとき、目の見える自分がこの芸に関わっていることの重大さをあらためて感じます。眼が見えないということの苦労やその暮らしを軽々しくわかったようなことを言ってはならないのだと。・・・



「瞽女の誇り」 は萱森直子の大きなテーマのひとつです。

 

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