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瞽女唄の特徴と三味線唄との違い

「演目の多彩さ」
「荒々しい響き」
「臨場感あふれる即興性」があります。
単なる「唄の何でも屋さん」ではなく
どのようなジャンルのうたを唄っても、一声で「これはごぜうた」と
感じることができる独特の響きを持っているのです。

音の質が違うのでギターや一般的な三味線で津軽三味線の音を再現しても、本物の津軽三味線の音にはならないし逆に津軽三味線の奏者がポップスや歌謡曲をアレンジしてひくと、どのようなジャンルのものであってもちゃんと津軽三味線にきこえます。

また狂言師には狂言師の、歌舞伎役者には歌舞伎役者の声があるように、ごぜうたにはごぜうた独特の「声、発音、音程のとりかた、三味線の響き」があるのです何も知らない人が聞いても容易にわかる「特徴的な響きの違い」というものがそれぞれの芸能に存在します。もちろんごぜうたにも存在します。

この点は師匠小林ハルさんだけでなく、録音に残されているほかのごぜさんも、それぞれ地域や系統や唄のタイプがちがっていても、共通しています。

言葉では限界があります。
ごぜうたを理解していただくためには「ごぜうた」が作り上げる濃密な時間を体感していただくよりほかに方法がないように思います。

ごぜうたは名も知れぬ多くのごぜさんたちが生活をかけて培ってきた芸です。

ちん、とん、しゃん、というような、いわゆる「きれいな三味線」また「きれいな声」では絶対に表現できない世界であるとわたしは考えています。

 

瞽女唄の特徴と三味線唄との違い

 

「臨場感あふれる即興性」は「変質」を伴わない「変化」

 

「臨場感あふれる即興性」は「変質」を伴わない「変化」

ごぜうたを習得するとき最初にぶつかる難問がこの「即興性」です。
文句、旋律、長さ、三味線のいれかた・・・・すべてが多様に変化するのです。
目の前で唄ってきかせてくださる師匠の唄が毎回違う・・・驚きでした。
もちろん録音に残されているものもさまざまに変化しています。
どれが正しくてどれが間違っている、というのではなく、
「そのように変化させることができる」ということが唄い手の力量なのです。

これが耳で伝えられてきた芸の、そして常に聞いてくれる人に喜んでもらうことだけを考えて唄われてきた唄の奥深さです。

民謡その他の短い唄ならば互いに文句をいれかえたりもします。

三味線もここでこの音を入れる、と決まっているのではなく、こうでもよい、ああでもおもしろい・・・・と。
ですから稽古にはきりがありません。私の元へお稽古に通っていらっしゃる方たちはみな「やればやるほどおもしろい!」とおっしゃいます。ひとつの旋律にまったく違う趣の文句をつけた、いわゆる「替え歌」のような演目もあります。物語を語る「祭文松坂」も、丸覚えして機械のようにそれをそっくりそのまま唄っているわけではないのです。場合によっては文句が一言(1行)そっくり増えたり、消えたり、入れ替わったり・・・旋律もそうです同じふしまわしでも幾とおりもの唄い方ができます。

もちろんデタラメに作り変えているわけではありません。

繰り返し繰り返し稽古して身になじんだ「音」と「言葉」で物語を、その唄の世界を、再現してゆきます。
決して変質させることなく変化させるのです。

当然のことながら瞽女唄は楽譜や台本を前において見ながら演奏することはありません。見ない・見ることができない・・・・この不自由さが逆にこの芸の大きな魅力、即興性をうみだす力になっているのです。

即興性のないもの、覚えたものを覚えたときのままになぞっているものは、形はきれいですがそれだけではごぜうたとしてつまらなく感じます。たとえばインタビューに答えるとき他人の書いたメモをみながらきれいに話すのと、そのメモを覚えこんで自分の言葉で伝えるのと、自分で考えながら話を組み立ててゆくのと、どれが一番相手に伝わりやすいか・・・そう考えていただくとわかりやすいでしょうか。

 

「瞽女唄」は先人の暮らしや息づかいとともにある歌です

「演目の多彩さ」・「荒々しい響き」・「豊かな即興性」・・・・・

瞽女唄の特徴について説明してきましたが、「三味線をつけて唄をうたう」ほかの芸能と「瞽女唄」を区別するにはもうひとつ、大切なものがあると私は考えています。

瞽女そしてそれを支えた多くの人たち・・・
「瞽女唄」は先人の暮らしや息づかいとともにある歌です。

形はさまざまに変化しても「これは瞽女唄だ」と認識できる・・・そのために必要なもうひとつの条件とは何でしょう。

同時に瞽女唄とはいっても「心がない」「伝承ではなく根無し草のような」「感動的だがまるで別物」・・・・そのような評判がきこえてくる芸も少なくなく瞽女唄への誤解を生んでいることを残念に思わずにいられません。

形の上でのごぜうたの特徴を上に列挙しましたが、「先人への敬意と愛着」「精神性に迫ろうとする真摯な姿勢」それさえあれば、「演目の多彩さ」も「即興性」も「独特の響きを生み出す発声や発音」もおのずとついてくるもののような気がします。簡単なことではありませんが、目の見える者がうたっても「これは本物」と感じることのできる唄をめざして、私も日々努力を重ねています。

「ごぜうた」だけが持つ特徴・・・「ごぜうた」であるために絶対に必要なもの・・・

それはこの歌を歌って暮らしを立ててきた人達への敬意この歌を生活の一部として楽しんできた人たちの、その歴史と風土への愛着この歌に人生を重ねることができるほどの思い出を持つ人達への共感・・・・・

私はごぜうたを過去を懐かしむためのものではなく「今」を楽しむために使っていただきたいと考えています。それでも、ごぜうたは昔のごぜを懐かしむひとたちがきいてがっかりするようなものであってはなりません。「ごぜ」をほうふつとさせ、先人の暮らしを偲ばせる音世界・・・ごぜの「まね」をする必要はありません。「まね」ではその精神性が抜け落ちてしまうからです。

 

「瞽女唄」は先人の暮らしや息づかいとともにある歌です

 

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