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ごぜ唄と萱森直子の公演活動

京都清水寺ご本尊ご開帳記念奉納檜舞台 2009年

33年に一度というご本尊様ご開帳

さらにこのたびは千年来初めての西国33所結縁総ご開帳にあわせての本堂の記念演奏でした。写真のお客様の背後が清水の舞台、ライトアップされた寺をたくさんの参拝客が訪れていました。演奏前にご本尊様を拝ませていただきました。
二本の手を頭上で組む「清水型」というお姿の十一面千手観音様
そのお手に幾本もの紅白のひもが結ばれており、
そのひもに自分の手を重ねて観音様とのご縁を結ぶのです。

スタッフの中にかつて京都に住んでいた頃にお知り合いだった方(湯豆腐の「順正」の社長さん)がいらっしゃり、互いに声を上げて思いがけない再会となりました。さっそくご利益があったのかもしれません。一気に当時のさまざまがおもいだされ、ここで唄わせていただくご縁をありがたく思ったことでした。

清水の舞台から吹き抜けになっており夜のことでもありとても寒かったにもかかわらず
長い時間聴いてくださった方たち、前夜の大阪での演奏と続けてきてくださった方、また後日おはがきやメールをくださった方・・・ありがとうございました。

「本物のごぜうたの魅力を伝えたい」・・・・ただ一人での取り組みですのでご感想をいただくことを励みにしていますが、このたびは「まるで関が原の戦いに素手で出ていくような」とのご感想がとても心に残りました。瞽女唄の精神世界をこのように表現してくださったことを嬉しく思いました。

 

京都清水寺ご本尊ご開帳記念奉納檜舞台

 

大阪市天王寺区蒼龍寺

 

大阪市天王寺区蒼龍寺

30年もの昔に、大阪の中学校で教壇に立っていた時期があります。あまりにも未熟な教師ではありましたが、他では絶対に得られなかったであろう充実した日々でした。ここでの経験は私の人生観を決定付けました。。
それは、その後の私の歩み、結婚や子育てはもちろんのこと、師匠小林ハルさんとの出会いやごぜうたの仕事への取り組み方にも大きく影響しています。人の本当の価値はみかけや肩書きとはまったく関係のないことなのだ・・・
そんなあたりまえのことを私はここで痛切に学んだのです。そのころの教え子とは今でもつながっていて、他県の公演にわざわざ来てくれたこともあります。
この日、当時同期で赴任した友人(現在も教師として活躍しています)がこの場を設定してくれました。ほんの小さな集まりのつもりが、奈良や兵庫などからも当初予定の倍ほども集まってくださいました。大阪を去って以来一度も会っていなかった同僚、先輩も来て下さり、終了後はワンコインパーティを。
この日初めてお会いして「ごぜうたファン」になってくださった方たちともいろいろお話でき、嬉しく思いました。

「人から人へ」

ごぜうたの魅力を知っていただくためにはそれしかありません師匠小林ハルさんをはじめとして、恩師、友人、理解し応援してくださる多くの方々・・・・
自分は本当に人とのめぐり合わせに幸運な人間なのだと思わずにいられません。

翌日すぐ近くにある安倍晴明神社に行くことができました。この日の演目、祭文松坂「葛の葉」に登場する「童子丸」、のちの安倍晴明を祭った神社です。

 

山梨大学公開講座 2009年

山梨大学教授のジェラルド・グローマー先生とご一緒しました。

グローマー先生は著書「瞽女と瞽女唄の研究」で小泉文夫音楽賞・田邉尚雄賞を受賞された、
ごぜうた研究の第一人者でいらっしゃいます。
浄瑠璃など日本の芸を研究するうち「限られた人たちだけでなく
日本全土の庶民が本当に娯楽としていたものは何なのだろう」と考えるようになり、
「ごぜうた」にたどりついたのだそうです。
「庶民の芸」「暮らしと切り離せない音楽」・・・
私自身が大切にしていることとぴったりと重なり、いろいろお話できて楽しいひと時でした。
甲府ごぜが明治6年に弾圧をうけ壊滅してしまったことなどご講演も非常に面白く、
参加の方々にも大変好評でしたこの様子は4月3日山梨新報に紹介されました。

 

山梨大学公開講座

 

山形県東置賜郡川西町土礼味庵

 

山形県東置賜郡川西町土礼味庵 2011年

土礼味庵は、かつて瞽女宿であった古民家。歴史や人の思いが暖かに交じりあう豊かな空間です。
現オーナーの片倉さんご夫妻のご厚意により今年で5年目の公演となりました。
大雨のさなかでしたが毎回多くの方たちがお集まりくださり、夜の部終了後には今年も手に触れるほどの近くにホタルが舞いました。震災のため中止となった「雛回廊」をおしみ、座敷にひな壇飾りを楽しみながらの演奏会でした。
土礼味庵のことは瞽女宿(ごぜやど)にもございます。

 

ブローダーハウス (世田谷区松原)2010年

ごぜうたを深く理解し応援してくださるスタッフさん達に囲まれての定例公演
3年目となった2010年も連日満員で230人ほどの来場をいただきました。リピーターの方も多く、何回きていただいても楽しめるようにと、4回それぞれに演目内容を変えました
3,4回目は萱森の弟子、北村紋子さんも出演し、二人いないと唄えない演目や、萱森とは違う色を持つ北村さんの「石堂丸」も味わっていただきました
TVドラマ浅見光彦シリーズで瞽女を演じごぜ唄に不可欠な「生きる力、気迫」といったものを見事に表現してくださった女優ひがし由貴さんのブログ(2010・2・26日)
『むき出しの魂がそこにある』・・・
と、いう感じでしょうか。耳から入る音ではなく、
心に直に来る感じ。
聞く、というより、
感じる、感じ。と表現してくださっています
毎年恒例で演奏しています。

水と土の芸術祭・協賛イベント新潟市秋葉区(小須戸)2009年10月薩摩屋

小須戸は師匠・小林ハルさんがかつて10年を超える歳月を過ごした土地(詳しくは「小林ハルさんのこと」のページ)ハルさんを覚えている方もたくさんいらっしゃいます
ハルさんのお住まいのあった土地も、ハルさんと親しかった義母が今も暮らしている萱森の実家も、薩摩屋さんと同じ通りに面しており、歩いて10分ほどの距離です
左写真は薩摩屋さん内部この座敷と、かつては酒屋さんだった店部分とをお借りしました
人々の暮らしのたまものである町屋で、かつてこの町に響き渡っていた瞽女唄をじっくりと味わっていただくことができ、お集まりの皆様とともに本当によい時間をすごさせていただきました
また手ぬぐいや手提げ袋などのおみやげとともに同地区にお住まいの垣見壮一さんから提供いただいた瞽女さんの写真を皆様にお持ち帰りいただきました(写真左下)
「ごぜの写真とゆかりの地」のページにこのほか手元にいただいた写真をご紹介しています
垣見さんからのお手紙をご紹介します
「高柳町で河川調査中偶然におあいした瞽女さんに断り撮影したものです
子供の頃聴いた瞽女唄「さらば信太に帰らんと・・・」の言葉と、暗い灯りの下で手ぬぐいで涙をこらえていた女の人たちを懐かしく思い出しました(中略)
町屋にての公演という贅沢を楽しみにしております」
 
この日、垣見さんも来てくださり、思い出に残っているという「葛の葉」を聴いていただくことができました
この様子は小須戸町並み景観まちづくり研究会のホームページにも紹介されています
毎年恒例で演奏しています。

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