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瞽女ゆかりの宿

山形県東置賜郡土礼味(どれみ)庵

山形県置賜は越後から米沢への通り道。
山形は瞽女をあたたかく遇してくださる土地だったため多くの瞽女さんが足跡を残しました。

「百人泊め」という言葉まで残っているほどです。師匠・小林ハルさんもたびたび訪れており、「商売になるのは新潟、いい旅さしてもらうのは米沢行き」と言っておられました。ここ、土礼味庵は、390年の歴史を持つ建物です。

解体されてしまうのを惜しんだ現オーナーの片倉さんが、私費を投じて譲り受け地域の皆さんのふれあいの場として使われています。改修には片倉さんの奥様のご実家が取り壊されたときに、廃材として捨てるにしのびなかった建具などが使われているそうです。
土に感謝というその名どおり、この土地に生きてきた人たちの暮らしが見えてくるような空間です。遺跡として保存したいのではなく暮らしの中で使ってもらいたいという片倉さんの思いは、ごぜうたに対する私の気持ちとそっくり重なります。

 

山形県東置賜郡土礼味(どれみ)庵

 

山形県東置賜郡川西町黒川平賀さん宅

 

山形県東置賜郡川西町黒川平賀さん宅

上の写真は昭和52年に農村文化研究所から発行された機関紙の表紙に掲載されていたものです。

土礼味庵のオーナー片倉さんが探し出してくださいました撮影した小貫幸太郎さんは
すでに亡くなられているそうです。(撮影は昭和48年)

ここに写っている瞽女さんにも師匠・小林ハルさんと同じような力強さ、
品格を感じます心引かれる写真です。

写真の中央、後ろに小学生くらいの女の子が写っています。
この方が、この日土礼味庵の瞽女唄の会に来てくださったのです。

 

新潟県上越市渡辺茂雄さま方

「新日本紀行ふたたび」がご縁でお会いすることができました。
右が奥様の勝子さん左が息子さん。
渡辺茂雄さんは写真の時ちょうど子供たちの下校の見守りでおでかけになられ残念ながら写っていません。

30数年もの間高田ごぜの杉本キクイさん一行の宿をしてくださっていました。
今はもうなくなられたおばあさんが道でみかけた杉本さん一行に
「よかったらうちで泊まっていきませんか」と声をかけたのがきっかけ、と聞かされたそうです。

そういう方だったので、
瞽女に限らず三条の金物売りなどの行商人など、
年中だれかが家に居たのだそうです。

 

新潟県上越市渡辺茂雄さま方

 

新潟県十日町市洞泉寺

 

新潟県十日町市洞泉寺

「新日本紀行ふたたび」でお邪魔しました。
「山椒大夫」「佐渡おけさ」などをきいていただき、
昔のお話など楽しく語らった後の記念写真です。
拙い唄なのに本当になつかしみ喜んでくださってありがたく思いました
そのようすは番組で放送され多くの感動を呼びました。
この中のお一人のおうちが杉本キクイさん、シズさんを泊めてくださっていました。
手引きのコトミさんはまた別のおたくに、
そして皆さんが集まって唄を楽しんだのは洞泉寺、
そのようにして分担してごぜさんの旅を支えてくださっていたのです。

 

介護事業所コミュニティサービスきずな(新潟県五泉市)

5年前に唄わせていただいた別の施設にお勤めだった渋木春枝さんが、
ご自分で始めた施設にお招きくださいました。

この町では何度か唄を聞いていただいていますが、
いつも地元の民俗研究家・駒形先生がきてくださいます。
このたびもわかりやすい説明をしてくださいました。

渋木さんのご実家は瞽女宿だったそうです。
「母がごぜさんを断っているのを見たことがあり、本当に気の毒で今でも思い出す」と。
ごぜさんの赤い襦袢が印象的だった、とも。

心尽くしの花が生けられ職員の方々も暖かく、
何度か聞いてくださっている地元の方からもおみやげなどいただき、
人のご縁のありがたさを感じました。

かつての「瞽女宿」が、
形を変えて生きている・・・そう感じた一日でした。

 

介護事業所コミュニティサービスきずな(新潟県五泉市)

 

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