| 5年前に唄わせていただいた別の施設にお勤めだった渋木春枝さんが、ご自分で始めた施設にお招きくださいました
この町では何度か唄を聞いていただいていますが、いつも地元の民俗研究家・駒形先生がきてくださいます このたびもわかりやすい説明をしてくださいました
渋木さんのご実家は瞽女宿だったそうです
「母がごぜさんを断っているのを見たことがあり、本当に気の毒で今でも思い出す」と。 ごぜさんの赤い襦袢が印象的だった、とも。
心尽くしの花が生けられ職員の方々も暖かく、何度か聞いてくださっている地元の方からもおみやげなどいただき、人のご縁のありがたさを感じました
かつての「瞽女宿」が、形を変えて生きている・・・そう感じた一日でした
代表渋木さんからのお手紙 (一部要約)
川あいの小さな集落の、築200年余の旧家が取り壊されることを聞き、本物の日本建築を残したい一新で移築したのが平成4年でした
解体作業は本当に大変でしたが、大工の棟梁はその材のよさと建築技術の高さに感動しながら、一生にもう2度とできない仕事だろうと再生に力を尽くしてくれました
予算もなく家具もみんな中古かもらいもの、家族は立派過ぎる家に借りてきた猫のように小さく肩身も狭い思いで暮らしていました
この家を自分達だけのものにしていいのか、もっと社会に貢献できる方法があるのではないか、また実家の母が寝たきりだったこともあり、平成18年、小規模多機能型居宅介護事業所としてこの家を使うことになりました
3年目を向かえいまだに試行錯誤の中、使われる皆様の立場に立てる事業所でありたいと職員ともどもがんばっています
伝統文化の継承は絆の理念でもありごぜ文化を継承されようとしてご活躍の萱森さんから来ていただきたい、というのは当初からの夢でした
萱森さんが歌ってくださる様子は子供のころの瞽女宿を垣間見た記憶を思い出され目頭が熱くなりました また皆さんからはとても喜んでいただくことができました
高齢になっておられた小林ハルさんが萱森さんに教えようとされたことも並大抵のことではなかったと思いますし、
「小林ハルさんが墓にもっていくのはかまわないが私が自分の墓に持っていくことはできない」 とおっしゃる萱森さんの言葉も深いと思い、ここに本当の文化の継承があると深い感銘を覚えました
また来年、今度はもう少し幅広く呼びかけてみようと思いますので何とぞ宜しくお願いいたします
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