越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子 

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やってみたいと思ったら・越後瞽女唄と津軽三味線

 

やってみなければわからないものがある
--私もはじめは初心者でした

お稽古に通っている方たちの様子や新潟市の保育園での取り組みをご紹介します

 


 

越後瞽女唄と津軽三味線はそれぞれに独立したジャンル
おけいこは別々です。重なりません。


 

越後瞽女唄 
現在6人の方がお稽古に通ってくださっています  また日常的にはこられなくても1年2年の間をおいて何年もかけて継続して学びに来てくださる方たちもあります

それぞれ年齢、お仕事や生活もいろいろ・・・ですからお稽古の日や月に何回、というようなこともみんなばらばらですが、たまには顔を合わせる機会も作りたいと思っています

ごぜうたは
「人から人へ」伝わってきたうたです
       

「人から人へ」でなくては伝えられないうたです          仲間を大切にしてほしいと考えています

皆さんもちろん ごぜうた が好き。「自由なところが楽しくもあり、難しくもある」とおっしゃいます。





師匠の存命中は小林ハルさんの芸を「うけとる」こと、「それを自分の中でかたちにしてゆくこと」で精一杯でしたが、これからはこれを多くのかたたちに伝えてゆくことが大切だと考えています。


多くの人が瞽女唄を知り、愛し、くちずさむ・・・

そうした 愛好家 がふえてゆく環境づくりの中から、本物の 伝承者 が育ってゆくのだと思います

やってみたいと思われたら、お気軽にご連絡をください。
                 
                      
(025-261−5689 FAX同 非通知不可)

条件はひとつだけ、「女性であること」です。




 

  2009年7月  お稽古に通っている方たちが集まりました
ごぜうたのお稽古・生徒さんの合同練習・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

形を丸覚えしてそれを再現することが目標ではありません

即興性や 気迫のこもった声や 数々の演目を使いこなすことで、かつての瞽女や聞き手たちをほうふつとさせる  「生きた芸」 を作り上げていかなくてはなりません

普段のお稽古は 1対1 です

 それぞれ 年齢、 始めた時期や動機、 お仕事や生活  住んでいる場所も違います

皆さんがこの日に向けて日程を調整してくださり 初めての顔合わせが実現しました

一人ずつ 「祭文松坂」 を唄って聞いてもらいました

順番はくじびき。 この日の演目は

 石堂丸一の段 (新津組の節回し)             佐倉宗五郎三の段 (長岡瞽女屋の節回し)       葛の葉子別れ一の段 (新津組の節回し)        石堂丸三の段 (新津組の節回し)

普段とは違う雰囲気の中で いつにもましての緊張感があったと思います 

 

右の写真は開始前の練習。

どの人の唄も 誰かのコピーではなく、その人ならではの色、そして魅力をを持っています    それがごぜうたのいいところでもありますね

終わってからは昼食を一緒に。

お互いに聞いてみたかったことや ごぜうたを学ぶ上での難しさなど話がはずみました

 

ごぜうたのお稽古・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 

 上の昼食会でも話題になった 「残念だなぁ と 思っていること」 について   2010年2月

                                         「やってみたい」 と思う方に知っておいていただきたいので  下に記します

                                         さらにその下に生徒さんたちのお稽古場以外での演奏を紹介しています

 

瞽女唄をお客様に聞いていただくのに、唄う前に 「ごぜうたを歌う人の中で私が一番です」 と自己紹介したごぜうた公演があったというのです    ちょっと信じられないような話ですが。

音楽は娯楽、趣味でやっているならば何をどういってもいいのでしょうが、それは発表会とかプライベートな演奏会という場ではなかったそうです

司会や主催者がそう紹介するというのではなく演者自身で 「私が一番」 という言葉を使ったのだとのこと

しかも同時に 「小林ハル」 の名前も頻繁に使われているそうです

この事実に  強い違和感  をおぼえました    「何を基準に一番と言っているのか」 とか、 「芸の中身や質が一番と胸を張るのにふさわしいかどうか」 とか、そのようなことではありません

「私が一番」という言葉は、私の思う 「瞽女唄」 とはとうてい相いれないもののように感じるのです    師匠・小林ハルを敬愛する者からは絶対に出てこないものであると感じられるのです     

「瞽女唄」に対する考え方も人それぞれ、瞽女唄を歌う人にもいろいろな人がいて当然です 否定するつもりはありません     

だからこそ、自分自身が追い求めている「瞽女唄」とはどういうものなのか、自分はどのようにこの芸に向かい合っていったらよいのか・・・・それをいつもいつも考え続けています  

その答えがここにある、そう感じますので、瞽女唄に興味を持ってこのホームページを開いてくださった方々にも私の瞽女唄に対する気持ちを理解していただきたく、ここに記します

              

                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ごぜうたは「郷土の宝」 ・・・ 唄う人、習う人、聞く人、研究する人、懐かしむ人、ごぜうたを愛するみんなの力で大切に育てていかなければなりません 

そんな中で お客様の前で 「私が一番」 と口に出してしまったという事実・・・ それは、もうとりかえしのつかない、非常に危険な、致命的なことのように感じられます            

 

 

どんな唄が聞けるのかと楽しみに聞きにいったのに、本当に不愉快だった・・・・という声をあちらでもこちらでも聞きました 

それをきいたとたんにがっくりしてしまった、  お金を返してほしくなったと表現なさった方や

いろいろなものを聞きに行ったがあんな非常識は初めてでかえって印象に残っていますよ、と笑う方も。

あるいは、 まるで子供の言うことのようですよね、と。

 

 

ご本人にはこうした声が届かないのかもしれません   「私が一番」 と言う人に 「そんなこと言うものではありませんよ、恥ずかしいことですよ」 とは 言いにくいですよね

まわりに 「あなたが一番」 という表現でほめてくれる人がいるのかもしれません      

でも自分で 「私が一番」 と言う人に向かっては、多くの人は対等にディスカッションすることができません芸を育てるためには、ほめてくれる人だけではなく、自分の芸の幅を広げ 深められる刺激を与えてくれる人の存在が絶対に必要なのです 

 

たとえば、ほめ言葉や好き嫌いとは別の次元で

    芸のあり方,伝承のあり方などについて意見を交わしたり

        かつての瞽女さんゆかりのことなどさまざまな情報をもたらしてくれたり

    共に仕事を作り上げていく中で  世の中に今何が求められているのか、などを語らったり 

    他のジャンルの知識や 今まで気がつかなかった方向性を実現する手がかりをくれたり 

    互いの苦労、困難をわかりあって共感したり

    自分とは違う切り口で この唄の魅力を表現してくれたり  またそれを発信してくれたり 

    時には、人間って? 風土って? 歴史って? 

                                                    そんな深いテーマを考えるきっかけをくれたり ・・・

    

 

私は 師匠・小林ハルさんに よく 「唄バカ」 といわれていました

ごぜうたが好きだという以外に何のとりえもなく  後ろ盾も、お金も、組織もない、ただ一人での活動です

それでも唄い続けていられるのは、 上に書いたような、そんな方たちとの 有形無形の交流に支えられているからです  そういう出会いこそが演奏家にはたくさんたくさん必要なのだと感じます

  

 

気がついたらまわりにはひとにぎりのおなじみさんだけ ・・・・・    そうなってしまったら ・・・・・  

 

そしてもうひとつ。  「私が一番」という宣言には、先人、先生や先輩、後輩、仲間達に対する感謝、配慮や共感のかけらも感じられません  

そこには この芸の将来への展望 を見出すことができません    これでは本当の意味で次 につながる人や環境を育てるとができないのです

どんなに言葉を飾って ごぜうたはすばらしい、ごぜうたの発展を、と訴えたとしても  結局本音のところでは 後進の人たちや仲間の成長を 心強く感じ  高めあい  自分のできないことをやってくれるかも、という期待をもてないのですから    

 

 

瞽女唄をてほどきした先生が聞いたらきっと悲しむのではないでしょうか あるいはお怒りになるでしょうか

先生の元へお稽古に通い続けているならば、けしてこのような恥ずかしい事実がきこえてくることはなかったのではないでしょうか ・・・ 私の元にも公演活動をしながら飛行機に乗ってお稽古に通っている人もいます 新幹線に乗ってきてくださる人も。   先生はご健在で指導もしていらっしゃり、習いに行くことは可能なのに ・・・・ 「私が一番」と言うようではもう先生も受け入れては下さらないでしょう ・・・本当に残念です

 

そういえば 以前 「有名になりたいから」 という理由で習いたいと言ってきた人がいました

貴重な芸能、ということで、新聞その他でとりあげていただくことも少なくありません              多くの方に知っていただくきっかけとして本当にありがたいことなのですが、その意味をとり違えて、自分は注目されている、我こそはごぜうたの救世主、そんな風に思い込んでしまう人もいるのかもしれません

 

時をおいて、また場所を変え手段を変えて何度も 「コンクールがあればいいのに」 とまで 発信されていることも知りました  ごぜうたに関してのたくさんの立派な発言にまぎれてはいても同じ流れから出た言葉であることがうかがえます    深い深い違和感を持たずにいられません

                                                        

ことに ごぜうたは このような考え方とは対極にあるです  

完成度の高さを競うことはなく、 点数をつけられるようなものでもありません 優勝をめざすとか、そういうことが励みになるようなタイプの芸ではなく 人よりも自分が上だということを誇りにするものでもありません同じ志を持つ人が何百人もいる状況ならそういう考えも成り立つのかもしれませんが・・・                     

 

師匠・小林ハルさんが私にいつも問うたのは 「お客人は喜んでくれなさったか」 それだけです

場合によっては テクニックをかくす、というようなことさえある芸です  

私は稽古の中で師匠に 「そんなふうに (上手に聞こえるように) 唄ってたら客が困るだろうが」 と言われたことがあります (鴨緑江節のお稽古でした   このようなこともおいおいプライベートレーベルCDの解説に書いていくつもりですが) 

 

 

瞽女唄はマイナーな芸です   それなのに興味を持って習いに来てくださる方たちがいます

「カルチャーセンターでの習い事ではなく心を学びたい」 という方、  ご自身も障害を持つ方、  瞽女唄を含め目の見えない人の音楽というものに惹かれている方、   このホームページをみて瞽女唄の精神性を感じてくださった方 ・・・

ここには 「優劣をつける」 という発想が入り込む余地はありません  「私が一番」「有名になりたいから」 などと、 そんなことを言う人も一人もいません  

「精進」  とか 「切磋琢磨」  などと 稽古場で仰々しく言ったことはありませんが、 そういう言葉の本当の意味を皆さんちゃんと知っています    ありがたいことです  師匠、弟子、この芸を理解してくださる方たち・・・私は本当に人とのめぐり合わせに幸運なのだと思わずにいられません

 

                   

私は瞽女ではありませんし上手でもありませんが 「生活と共にある唄を自然体で唄う姿に感動した」   (2009年新潟日報紙掲載記事での公演へのご感想)・・そんな言葉がいただけることを嬉しく思っています

瞽女唄は多くの名もなき先人によってここまで歌い継がれてきたものである、ということ

担い手の名誉や功名というような考えからかけ離れたものとして 伝えられてきた、ということ

そして そのことこそが この芸の魅力を形作る源である、ということ。

                                 私が伝えたいのはそういうことなのです

 

 

詳しくここに書くことは避けますが、師匠ハルさんがまだお元気な頃、 これと同じ根を持つと思われる出来事がありました   そのことを気に病んで ハルさんから繰り返し発せられた 「あってはならないことなんだ」 という言葉が 昨日のことのように思い返されます  

目はお見えになりませんでしたが、何もかもが見えていらっしゃったのだと思います  

そのような時ハルさんはよく 「気構えのなってない者が唄なんてうたったってろくなもんにはならん」と言っておられました

お住まいになっている施設への外からの訪問者に向かっては たとえ何があっても けして腹を立てたところや不機嫌なようすを見せないハルさんでしたが、 稽古の中ではそのような 「あってはならないこと」 に対しては、断固とした、非常に厳しい口調でした 

そのようにしてハルさんに育てていただいたことを 誇りに思っています

 

 

リンクのページで月岡祐紀子さんという歌い手さんをご紹介しています

さまざまな 「あってはならないこと」 をきかされる稽古の日々の中で 、「心根(しんね)のいい子が来た」とハルさんが表現なさった、それが月岡さんでした    2009年2月の公演でご一緒することができ、ハルさんのその言葉通りの方であることを嬉しく思いました

月岡さんと私は芸のタイプも、取り組み方も違っています それでも、お互いのごぜうたに対する気持ちを疑いなく肯定しあえるのです 本当に心強く感じます   月岡さんは 唄も三味線も上手ですし努力家でもいらっしゃいます  それでも、「私が一番」などとはけしていわない方です  

月岡さんはハルさんの弟子というわけではありませんが、こうしたことは誰に指導を受けたかの問題ではなく その人が何を求めて瞽女唄にかかわるのかによるのだと思わざるを得ません

 

 

少々気が重いなぁ、 と感じながら 長々と書きました    この件についてのことを耳にしはじめてからかなりの月日がたちます  アップするのにこれほど長くの時間を費やしたのは初めてです  聞き流しておこうかな、とも思いましたが・・

実はずっと以前からいろいろな事が耳に入ってきています  言葉は心の表れ、そしてまた心は行いに表れるものです

聞きたいと思っているわけではないのですが公演終了後のお客様との談笑や公演依頼の打ち合わせの場などで自然に話題に上るのです  皆さん 「これはいけないことだ」 と感じるからこそ私に教えてくださるのだと思います 生前の師匠から知った事柄もあります 

            

  えっ!???!  と耳を疑うようなことも多いのですが、  おそらくは熱心さの現われなのだろうし、 ごぜうたに対する考え方にもいろいろあるでしょうし   どんな形でもごぜうたを口にする人がいるのはよいこと・・・・ そう考えていましたが・・・・ 今もそう思ってはいますが・・・

             

たまたま これについて聞かされる機会が続きました  

聞いた方たちの不快感を思うにつけ 瞽女唄の本質にかかわることでもあるので  人のことなのだからと聞かなかったふりをしているよりも、自分のこととして生徒さんたちとも互いに心するきっかけに、 また これからごぜうたをやってみたいなと思っている方にも考えていただきたく   自分の感じている 「違和感」を 整理してここに書きました

 

ごぜうたを習いたいと思っている方  大歓迎です

ただ、 お稽古に入るその前に しっかり考えてほしいのです

数えきれないほどの 名も知れぬ歌い手たちが ここまでつないできた この芸                            あなたは本当に瞽女の芸が好きなのですか? 

                            瞽女唄のどういう所にひかれているのですか?

                            何のためにやってみたいと思うのですか?

 

 

上の写真・初めての顔合わせの後の、 今日は本当に楽しかった、 自分だけではないと思うとすごく支えになる、    あの人のやったあの演目はいいですね 私も覚えたい・・

皆さんの声に、この日を実現できて本当によかったと思いました  皆さん、名も知れぬ生活者たちの芸としての瞽女唄 が好き、なんです

 

お稽古は本当に楽しいです   生徒さんより私の方が心待ちにしているくらいです    器用でもなく、体もあまり丈夫ではないので 生徒さんにも心配させたり迷惑をかけたりで申し訳ないのですが、 録音や印刷物を通してでは伝えられない、人から人へとつながる流れの中に自分がいるということは嬉しいことです

  

やってみたいという方、いつでも大歓迎です    どうぞ気軽にお仲間になってください

 

 

 生徒さんたちのお稽古場以外での演奏活動を少しご紹介します

 
北村さん・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 北村さんです(写真左)

2006年4月23日 小林ハルさん追悼公演ではじめて人にきいていただく経験をしました

たち唄として、「夢和讃」を二人で唱和しました。

 
2006年5月21日 小林ハルさんの供養をしてくださっている長谷寺の法要で唄わせていただきました。

二人で唄う「瞽女万歳」と一人で「伊勢音頭くずし」を唄いました。

7月には「段物」とよばれる物語唄・祭文松坂を一人で唄いました。

演目は「八百屋お七」一の段。あたたかい拍手をいただきました。

この後のことを「次の世代へつなぐ」のページにも紹介しています

北村さんはお稽古に通いながらすでに一人での公演もおこなっています 

小林ハルさんの供養をしてくださっている長谷寺の法要・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 

 
次の世代へ・遠藤さん・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 遠藤さんです (2009年11月 小林ハルさんがお住まいになっていた胎内やすらぎの家でのボランティア演奏 )  

ハルさんの声を覚えていらっしゃる方もある場所なので非常に緊張しての演奏でしたが祭文松坂「八百屋お七」を1段一人で唄いきりました

以前、別の方にごぜうたを習っていた時期があるそうですが残念ながら唄えるようにはなれず、そこをやめてから私の元へ来てくださいました

発声、発音、唄の組み立て方、そもそも瞽女唄とはどういうものなのかといった基本的な事柄への理解 ・・・ 

全てを一からやり直さねばなりませんでした  勇気と努力のいることだったと思いますが、それほどにごぜうたが好きなのだということがお稽古の様子からもよくわかります 

いつか一人立ちできるようにお稽古場で繰り返し稽古を重ね、またレパートリーも増やしつつ、少しずつ「唄を聞いていただく」経験をつんでゆけるように、と考えています

 

 新潟市の愛慈保育園

 

毎年の恒例行事として年長児と一緒に唄っています。
お隣にある高齢者施設でも聴いていただき好評です。

子供向けに簡単に作り変えたものではなく、そのままのごぜうたを、面白いと感じ、楽しいと言い、お風呂の中でも口ずさむほどになじんで、多くの子供たちが卒園していきました

いつの日かこの子たちのなかから本当に瞽女唄を真剣にやりたいという人や、じっくりと瞽女唄をきいてみよう、あるいは研究してみようという人があらわれるかもしれませんね

愛慈保育園のホームページはこちら
http://www15.ocn.ne.jp/~aij/index.htm

その他状況に応じていろいろな方法が考えられます。


ごぜうたは瞽女さんの芸です 形だけなぞっても、それだけでは「ごぜうた」とは言えないような気がします

目の見える者の感覚で手を加えていない本物を

理屈でいじっていない本物の発声を

今風の言葉に作り変えていない本物の言葉を

五線譜には表わし得ない本物の節回しを、あじわいながら覚えていきましょう

まずはお気軽にご連絡を

TEL・FAX 025-261-5689(非通知不可)



 

 

2006年 愛慈保育園きりんぐみのお稽古風景です
愛慈保育園きりんぐみのお稽古風景・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子


この日がはじめてのお稽古。

正座をする、前を向いている、ということ自体がとても難しい年齢の子供たちですが、あらかじめ先生方の下で正座の練習をしました。

我が家ではこんな姿をみたことがない、とおうちの方にほめられた写真です。

 

 
 

おけいこが終わってから一人ずつ三味線にさわって音をならせてみることをこどもたちはとても楽しみにしています。

三味線という楽器が動物や植物からできている「いきもの」であることをお話ししています。

10年ほどのあいだに200人以上のこどもたちに私がステージでも使う三味線をさわってもらっていますが、粗末にあつかったり危ないいじり方をする子はひとりもいません。

下右の写真は三味線をしまうお手伝いをしてくれているところです

三味線という楽器がもっともっと身近なものになるといいな、と思っています



三味線をしまうお手伝い・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 

 
お稽古風景・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子


お稽古風景・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 

 
 

12月1日「大きくなった会」出番直前のお部屋で。

先生の掛け声で何度も声をだしたあと、先生から「声の良くなるお薬」を一粒ずつ配ってもらいました。(本当はおいしいお菓子です)



「大きくなった会」出番直前のお部屋で・越後瞽女唄と津軽三味線 瞽女唄伝承者 萱森直子

 

 津軽三味線教室
津軽三味線教室については「津軽三味線のこと」のページをご覧下さい。
連絡先は同じです。


 

 

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