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瞽女(ごぜ)さんが暮らしのために唄った唄、それが瞽女唄(ごぜうた)です。
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公的な福祉のない時代、目の見えない女性の生きる道は限られていました。
瞽女・・・・生きるために三味線をたずさえて村々を回っていた盲目の女性旅芸人です。 越後の地でだけ途絶えずに引き継がれてきました。
写真:二瓶文和さん
撮影・提供 昭和35年夏、出湯温泉での私の師匠小林ハルさん と手引きのミサオさんの姿です
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新潟県内の公演では 「昔わがやは瞽女(ごぜ)宿だった」 「幼い頃瞽女さんがきた姿を覚えている」 そういう方に少なからず出会います。 私のふるさと新潟はそういう土地なのです。
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| 演目は多彩・・・いろいろな要素がまざりあう重層的な「芸」です |
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唄をうたい、楽しんでいただくことで暮らしの糧を得る・・・・ レパートリーが乏しくては商売になりません
演目の多様さ、豊富さ はごぜうたの特徴のひとつです
大きく3つに分けてご紹介します
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| (1) 祭文松坂 と 口説き |
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祭文松坂は、通称「段もの」とよばれます 長い物語を一定の旋律にのせて展開します 唄と語りをあわせたようなもの、といえるでしょうか 1段が大体25分前後、長いものだと10段くらいになります (どこまでが1の段、と決まっているわけではなく ここら辺で一休みしようか、という切り方なので ~段くらい、といういいかたになります)
私が習得した祭文松坂は長岡・高田の両系統で15種類、およそ70段くらい そのうち公演でよく使うものは半分くらいでしょうか 葛の葉・巡礼おつる・景清・石堂丸・八百屋お七などなど・・・・・ そのほか「口説き」の形の段ものもたくさんあります 鈴木主水・お吉清三・おしげくどきなどなど・・・・・
なお、師・小林ハルさんはこの祭文松坂すべての段を3種類の節回しで 唄い分けることができました
地蔵堂の節回し 長岡瞽女屋の節回し 新津組の節回し したがって私もこの3種類を唄いわけることができます それぞれに別々の情緒があります
高田の祭文松坂,口説き、はまた別の節回しです
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(2) もともとは他のジャンルのものを瞽女のレパートリーとして取り入れたもの |
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新内、都都逸、端歌、和讃、民謡、はやり歌、など非常にたくさんあります
文句も旋律も元のものとはかなり形を変えているものもたくさんあります 唄は似ていなくとも唄についての地元の慣わしが同じ、というものもあります
民謡の例をあげると
越後追分、佐渡おけさ、出雲節、よされ節、相馬甚句、 真室川音頭、さのさ節、信州追分、かごめおばこ・・・・ など列挙するときりがないくらい多数を教えていただきました
佐渡おけさ、新保広大寺節、などは長岡・高田両方を習いましたが それぞれに全然違う文句、節回し、情緒を持った、別の唄です
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| (3) その他、瞽女さん特有の演目として彩りをそえるもの |
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正月祝い口説き、瞽女万歳、瞽女松坂、などがこれにあたります
(1)、(2)、(3)、それぞれが絡み合って聴く人と唄うものとの楽しい時間を織りなしていきます しんみりとした物語にききいり、楽しい唄で笑い、めでたい唄で楽しみ・・・・・ 「ごぜうた」は、そのような複合的な「芸」なのです
最近 「ごぜうたは他の三味線唄とどこが違うのですか」 というご質問が目立ちます 次に 演目の多彩さ以外の 「ごぜうたの特徴」 について説明します
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| 越後ごぜうたの最大の特徴・・・それは 「荒々しい響き」 です |
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前項で説明したとおり、ごぜうたはさまざまな唄をレパートリーにもっています
しかし、単なる「唄の何でも屋さん」ではありません
どのようなジャンルのうたを唄っても、一声で 「これはごぜうた」 と感じることができる独特の響きを持っているのです
たとえばギターや細ざおの三味線で津軽三味線の音を再現しても、それは本物の津軽三味線にはなりえません もともとの音の質が違うのですから当たり前のことですね
逆に津軽三味線の奏者がポップスや歌謡曲をアレンジしてひくと、どのようなジャンルのものであってもちゃんと津軽三味線にきこえます
ごぜうたも同じです
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私は津軽三味線とごぜうた以外の芸能には詳しくありませんが、しろうとがきいても容易にわかる 「特徴的な響きの違い」 というものがそれぞれの芸能に存在することはわかります
狂言師には狂言師の、歌舞伎役者には歌舞伎役者の声があるように、
詩吟には詩吟の、民謡には民謡の、独特の声があるように、
同じ洋楽でもオペラの声とミュージカルの声は違って聞こえるように、
ごぜうたには ごぜうた独特の 「声、発音、音程のとりかた、三味線の響き」 があるのです
この点は 師匠小林ハルさんだけでなく、録音に残されているほかのごぜさんも、それぞれ地域や系統や唄のタイプがちがっていても、共通しています
私の演奏について多くの方がさまざまなあらわし方で表現してくださっています ほかのページと重なるものもありますが以下に列挙します
地の底からわいてくるかのような迫力 地響きのような音世界 飾らない荒々しさと 剛直な唄いぶり ひたすら荒く、ひたすら激しいその存在感 説明のしようがないそのエネルギー 気迫に圧倒される 真正面からぶつかるその力強さ 土と向き合いいきる人々の生活感 ベタ弾きに近い三味線と、自分をぶつけるような唄い方・・・・・・
言葉では限界があります ごぜうたを理解していただくためには 「ごぜうた」 が作り上げる濃密な時間を体感していただくよりほかに方法がないように思います
ごぜうたは名も知れぬ多くのごぜさんたちが生活をかけて培ってきた芸です
ちん、とん、しゃん、というような、いわゆる 「きれいな三味線」 また 「きれいな声」 では絶対に表現できない世界であるとわたしは考えています
ごぜうたにはもうひとつ、大きな特徴があります 次にそれについて書きます
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| 臨場感あふれる即興性・・・「変質」 を伴わない 「変化」です |
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ごぜうたを習得するとき最初にぶつかる難問がこの「即興性」です
文句、旋律、長さ、三味線のいれかた・・・・すべてが多様に変化するのです
目の前で唄ってきかせてくださる師匠の唄が毎回違う・・・驚きでした もちろん録音に残されているものもさまざまに変化しています
どれが正しくてどれが間違っている、というのではなく、「そのように変化させることができる」ということが唄い手の力量なのです
これが耳で伝えられてきた芸の、そして常に聞いてくれる人に喜んでもらうことだけを考えて唄われてきた唄の奥深さです
民謡その他の短い唄ならば互いに文句をいれかえたりもします
三味線もここでこの音を入れる、と決まっているのではなく、こうでもよい、ああでもおもしろい・・・・と。ですから稽古にはきりがありません 私の元へお稽古に通っていらっしゃる方たちはみな「やればやるほどおもしろい!」とおっしゃいます
ひとつの旋律にまったく違う趣の文句をつけた、いわゆる「替え歌」のような演目もあります
物語を語る「祭文松坂」も、丸覚えして機械のようにそれをそっくりそのまま唄っているわけではないのです
場合によっては文句が一言(1行)そっくり増えたり、消えたり、入れ替わったり・・・
旋律もそうです 同じふしまわしでも幾とおりもの唄い方ができます
もちろんデタラメに作り変えているわけではありません
繰り返し繰り返し稽古して身になじんだ「音」と「言葉」で物語を、その唄の世界を、再現してゆきます けして変質させることなく変化させるのです
当然のことながら瞽女唄は楽譜や台本を前において見ながら演奏することはありません
見ない・見ることができない・・・・この不自由さが逆にこの芸の大きな魅力、即興性をうみだす力になっているのです
即興性のないもの、覚えたものを覚えたときのままになぞっているものは、形はきれいですがそれだけです ごぜうたとしてはつまらなく感じます
たとえばインタビューに答えるとき 他人の書いたメモをみながらきれいに話すのと そのメモを覚えこんで自分の言葉で伝えるのと 自分で考えながら話を組み立ててゆくのと・・・
どれが一番相手に伝わりやすいか・・・そう考えていただくとわかりやすいでしょうか
「演目の多彩さ」 ・ 「荒々しい響き」 ・ 「豊かな即興性」・・・・・
瞽女唄の特徴について説明してきましたが、
「三味線をつけて唄をうたう」ほかの芸能 と 「瞽女唄」 を区別するには 実はもうひとつ、大切なものがあると私は考えています
次にそれについての枠を設けます
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| 瞽女 そしてそれを支えた多くの人たち・・・
「瞽女唄」は 先人の暮らしや息づかいとともにある歌
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形はさまざまに変化しても「これは瞽女唄だ」と認識できる・・・そのために必要なもうひとつの条件とは何でしょう
その答えを知るために、米沢市六郷コミュニティセンターでの公演をご紹介します
ここは、山形県と新潟県をつなぐ「越後街道」沿いの地域です
昔のごぜさんたちを覚えている方たちがたくさんいらっしゃいます
いつからか訪れなくなったごぜさんの唄がきける、と多くの方が集まってくださいました 40人程度のつもりが130人入り急遽座席を作ってくださいました
師・小林ハルさんを泊めた瞽女宿も教えていただきました
この公演でのご感想の一部を記します
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昭和二けたの私でも、萱森さんの熱唱にいにしえの苦労なされた女性たちを元気づけたくなりました いついつまでも継続させてください
小学校1,2年のころ私の部落にもこられたのを覚えています 母が大好きで歌っていたことをすぐに思い出しました
涙ながらに聞かせていただきました 幼いころ瞽女のご一行をどこまで旅をするのだろうと不思議に思っていました 大変な時代があったこともふまえ、ごぜ様、ご苦労様でした 昔懐かしい声をおもいだしております
たしか小学校1,2年ごろ、宿であるお宅にいって聞いたのがとても懐かしくて涙の出るほどでした ありがとうございました
幼少のころ親父に話をききました 旅路大変苦労なされた旨うかがっております 萱森さんのうたに拍手を贈ります
ごぜさまの歩く後を近所の子供達とゾロゾロついてめぐった記憶があります なつかしさと大きな感動をいただきました ごぜ街道と呼ばれている越後13峠を歩くことを目標にしています
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| 「ごぜうた」だけが持つ特徴・・・ 「ごぜうた」であるために絶対に必要なもの・・・ |
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それは この歌を歌って暮らしを立ててきた人達への敬意
この歌を生活の一部として楽しんできた人たちの、その歴史と風土への愛着
この歌に人生を重ねることができるほどの思い出を持つ人達への共感・・・・・
私はごぜうたを過去を懐かしむためのものではなく「今」を楽しむために使っていただきたいと考えています
それでも、ごぜうたは昔のごぜを懐かしむひとたちがきいてがっかりするようなものであってはなりません
「ごぜ」をほうふつとさせ、先人の暮らしを偲ばせる音世界・・・ ごぜの「まね」をする必要はありません 「まね」ではその精神性が抜け落ちてしまうからです
私の演奏について
「この人の周囲に歴史の闇が立ち上がってくるような気配がある 当時の人々の息遣いとか生活の質感のようなものが唄を媒介にたちあがってくるような」
と書いてくださった方があるのを知って嬉しく思っています
同時に 瞽女唄とはいっても 「心がない」 「伝承ではなく根無し草のような」 「感動的だがまるで別物」・・・・そのような評判がきこえてくる芸も少なくなく瞽女唄への誤解を生んでいることを残念に思わずにいられません
形の上でのごぜうたの特徴を上に列挙しましたが 「先人への敬意と愛着」 「精神性に迫ろうとする真摯な姿勢」
それさえあれば、「演目の多彩さ」も 「即興性」も 「独特の響きを生み出す発生や発音」も おのずとついてくるもののような気がします
簡単なことではありませんが、目の見える者がうたっても「これは本物」と感じることのできる唄をめざして、私も日々努力を重ねています
最後に この公演で初めてごぜうたに接した人の感想を記します
本当に感動を覚えるほどでした 昔の情景がみえるようでした
忘れていた日本人の心に触れました ありがとうございました
昔のごぜを知る人も知らない人も、私の声がいいから、とか 私が上手だから 感動を覚えるのではありません
私の唄に、かつての瞽女を想い、その精神性をかいまみて心を動かしてくださるのです
規模の大小をとわず、近くでも遠くでもどこでも行って歌っています
公演に来てください 身近な集まりに呼んでください
ごぜうたの
本当の魅力 を知っていただきたいのです
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越後瞽女唄と津軽三味線はそれぞれに独立したジャンル おけいこは別々です。重なりません。
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| 越後瞽女唄 |
現在数人のかたがお稽古に通ってくださっています
それぞれ年齢、お仕事や生活もいろいろ・・・ですからお稽古の日や月に何回、というようなこともみんなばらばらですが、たまには顔を合わせる機会も作りたいと思っています
ごぜうたは「人から人へ」伝わってきたうたです
「人から人へ」でなくては伝えられないうたです 仲間を大切にしてほしいと考えています
皆さんもちろん ごぜうた が好き。「自由なところが楽しくもあり、難しくもある」とおっしゃいます。
今までは小林ハルさんの芸を「うけとる」こと、「それを自分の中でかたちにしてゆくこと」で精一杯でしたが、これからはこれを多くのかたたちに伝えてゆくことが大切だと考えています。
多くの人が瞽女唄を知り、愛し、くちずさむ・・・
そうした「愛好家」がふえてゆく環境づくりの中から、本物の伝承者が育ってゆくのだと思います。
やってみたいと思われたら、お気軽にご連絡をください。 (025-261−5689 FAX同 非通知不可)
条件はひとつだけ、「女性であること」です。
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| 2009年7月
お稽古に通っている方たちが集まりました |
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形を丸覚えしてそれを再現することが目標ではありません
即興性や 気迫のこもった声や 数々の演目を使いこなすことで、 かつての瞽女や聞き手たちをほうふつとさせる 「生きた芸」 を作り上げていかなくてはなりません
普段のお稽古は 1対1 です
それぞれ年齢、 始めた時期や動機、 お仕事や生活、 住んでいる場所も違います
皆さんがこの日に向けて日程を調整してくださり 初めての顔合わせが実現しました
一人ずつ「祭文松坂」を唄って聞いてもらいました
順番はくじびき。 この日の演目は
石堂丸一の段 (新津組の節回し) 佐倉宗五郎三の段
(長岡瞽女屋の節回し) 葛の葉子別れ一の段
(新津組の節回し) 石堂丸三の段 (新津組の節回し)
普段とは違う雰囲気の中でいつにもましての緊張感があったと思います
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| 右の写真は開始前の練習。
どの人の唄も 誰かのコピーではなく、その人ならではの色、そして魅力をを持っています
それが瞽女唄のいいところでもありますね
終わってからは昼食を一緒に。
お互いに聞いてみたかったことや ごぜうたを学ぶ上での難しさなど話がはずみました
この場で話題になった 「残念だなぁと思っていること」
について書きたしていこうと思っています
「やってみたい」 と思っている方に読んでいただきたいことです
もうしばらくお待ちください
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生徒さんたちのお稽古場以外での演奏活動を少しご紹介します
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北村さんです(写真左)
2006年4月23日 小林ハルさん追悼公演ではじめて人にきいていただく経験をしました
たち唄として、「夢和讃」を二人で唱和しました。
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5月21日 小林ハルさんの供養をしてくださっている長谷寺の法要で唄わせていただきました。
二人で唄う「瞽女万歳」と一人で「伊勢音頭くずし」を唄いました。
7月には「段物」とよばれる物語唄・祭文松坂を一人で唄いました。
演目は「八百屋お七」一の段。あたたかい拍手をいただきました。
この後のことを「次の世代へつなぐ」のページにも紹介しています
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遠藤さんです (2009年11月 小林ハルさんがお住まいになっていた胎内やすらぎの家でのボランティア演奏 )
ハルさんの声を覚えていらっしゃる方もある場所なので非常に緊張しての演奏でしたが祭文松坂「八百屋お七」を1段一人で唄いきりました
以前、別の方にごぜうたを習っていた時期があるそうですが残念ながら唄えるようにはなれず、そこをやめてから私の元へ来てくださいました
発声、発音、唄の組み立て方、そもそも瞽女唄とはどういうものなのかといった基本的な事柄への理解 ・・・
すべてを一からやり直さねばなりませんでした 勇気と努力のいることだったと思いますが、それほどにごぜうたが好きなのだということがお稽古の様子からもよくわかります
いつか一人立ちできるようにお稽古場で繰り返し稽古を重ね、またレパートリーも増やしつつ、少しずつ「唄を聞いていただく」経験をつんでゆけるように、と考えています
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| 新潟市の愛慈保育園 |
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毎年の恒例行事として年長児と一緒に唄っています。 お隣にある高齢者施設でも聴いていただき好評です。
子供向けに簡単に作り変えたものではなく、そのままのごぜうたを、面白いと感じ、楽しいと言い、お風呂の中でも口ずさむほどになじんで、多くの子供たちが卒園していきました
いつの日かこの子たちのなかから本当に瞽女唄を真剣にやりたいという人や、じっくりと瞽女唄をきいてみよう、あるいは研究してみようという人があらわれるかもしれませんね
愛慈保育園のホームページはこちら http://www15.ocn.ne.jp/~aij/index.htm
その他状況に応じていろいろな方法が考えられます。
ごぜうたは瞽女さんの芸です 形だけなぞっても、それだけでは「ごぜうた」とは言えないような気がします
目の見える者の感覚で手を加えていない本物を
理屈でいじっていない本物の発声を
今風の言葉に作り変えていない本物の言葉を
五線譜には表わし得ない本物の節回しを、あじわいながら覚えていきましょう
まずはお気軽にご連絡を
TEL・FAX
025-261-5689(非通知不可)
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| 2006年 愛慈保育園きりんぐみのお稽古風景です |

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この日がはじめてのお稽古。
正座をする、前を向いている、ということ自体がとても難しい年齢の子供たちですが、あらかじめ先生方の下で正座の練習をしました。
我が家ではこんな姿をみたことがない、とおうちの方にほめられた写真です。
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おけいこが終わってから一人ずつ三味線にさわって音をならせてみることをこどもたちはとても楽しみにしています。
三味線という楽器が動物や植物からできている「いきもの」であることをお話ししています。
10年ほどのあいだに200人以上のこどもたちに私がステージでも使う三味線をさわってもらっていますが、粗末にあつかったり危ないいじり方をする子はひとりもいません。
下右の写真は三味線をしまうお手伝いをしてくれているところです
三味線という楽器がもっともっと身近なものになるといいな、と思っています
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12月1日「大きくなった会」出番直前のお部屋で。
先生の掛け声で何度も声をだしたあと、先生から「声の良くなるお薬」を一粒ずつ配ってもらいました。(本当はおいしいお菓子です)
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| 津軽三味線教室 |
津軽三味線教室については「津軽三味線のこと」のページをご覧下さい。 連絡先は同じです。
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